寶神社

岡山市東区宝伝3803 (令和5年1月7日)

東経134度06分10.44秒、北緯34度35分04.08秒に鎮座。

この神社は、岡山市の南、瀬戸内海の宝伝港近くに鎮座しております。

御祭神 彦火火出見命

由緒
創立年月日不詳、往昔、海神宮より帰登せられし時、お乗せ申した龍がこの地を這迷へり、そこでこの地を龍這浜と言う。延喜中(901〜922)、菅原道真公この沖を御通船の時、当社の松に龍燈上りしと言伝へあり、社辺の樹木悉く蟠龍の形を見せる。
又、建武3年(1336)足利尊氏公御通船の時も龍燈上り、軍船大いに喜んで暫く停船するなど、御神徳の発揚、氏人の尊信誠に篤かりしに、明治42年(1909)7月3日、岡山県訓令22条により、多額の基本財産の造成・常住神職の奉仕等の条項にて、当時の氏子としては負担に堪え難きにより、同年9月25日、東片岡鎮座八幡宮へ合紀することとなり、以来、里人は恰かも赤子の慈母に遠ざかる念に耐えて、日夜敬慕し、旧の如く御還御を祈りて止めることがなく、その赤心、神慮に通じ衆議愈々熟し、御玉垣の内外に老松高く茂る旧社域を清浄にし、新たに社殿を造営することに決す。
そこで、郷民挙げて浄財を奉献し、男女悉く工役に仕え奉り、旧の社殿に増して尊厳にして、神威を長久に輝かすべき社殿麗しく落成す。時に昭和2年(1927)のことである。
例祭・諸祭祀等厳修しながら、昭和24年(1949)宗教法人令第3条により形式上の分祀還御の認可を得て現在に至る。
境内由緒書き より。

神社入口

入口左右の狛犬。拡大写真はこちら。

(天保13年(1842)壬寅8月吉日建立)

拝殿

拝殿内部

本殿


稲荷神社

石祠と社日