日光東照宮


日光東照宮奥社

 東照宮の御祭神・徳川家康公の墓所。銅鳥居・銅神庫・拝殿・鋳抜門・宝塔などが建立されています。坂下門から始まる奥社参道の石段は、寒さの厳しい日光では、霜柱で浮き上がってこないように重く大きな石が必要だった為、踏み石に1枚石が使われています。
 参道を上りつめ、青銅製の鳥居を潜った右手に銅神庫があり、宝蔵とも呼ばれ、江戸時代には家康公の位記・宣旨類、甲胄、刀剣など貴重な神宝を収蔵していたそうです。

坂下門
江戸時代は将軍しか入れなかった「開かずの門」でした。全体に胡粉を塗った清楚な感じですが、柱や天井を飾る金具は七宝焼で、欄間には鶴、腰羽目には牡丹と唐草模様の彫刻が施してあります。
徳川家康公の神柩を収めた奥社へと続く石段
207段あるというこの石段は、全て一本石を使ったものだといいます。又、石柵は一本石を刳り貫いて作られたものです。流石ですね〜、こういうのを最高の贅沢…というのでしょうね〜。
奥社の境内入口が見えてきました。
入口に建つ鳥居は唐銅鳥居です。天和3年(1683)、石鳥居を改めて唐銅鳥居を建てたものです。御神号勅額は後水尾天皇の直筆です。
寛永13年(1636)建立の関東最古の参道狛犬
松平右門大夫正綱、秋元但馬蓁朝両氏から寄進されました。二氏は家康公の遺臣であり、寛永年間当宮造営の功により特に奉納を許された狛犬なのです。縦置きで阿には角が付いています。神殿狛犬を念頭に置いて造られたものと思われますが、この時期の狛犬としては非常に完成度の高い傑作と思われます。威厳に満ちた顔と、逞しいボディ、鬣は神殿狛犬のように阿吽で変化を付けています。尾は太い綱状のものが何本か固まり立っています。
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(寛永13年(1636)建立)
奥社拝殿
建物全体を真鍮や銅の板で覆い、その上から黒の漆が塗ってあります。黒一色の地味な外観に対して、内部は金箔の柱、極彩色の鳳凰など豪華な仕様になっています。
奥社拝殿内の様子

天和3年(1683)建立、鋳抜門前のブロンズ狛犬
参道狛犬ファンの間では石段下の寛永13年(1636)生まれの狛犬が関東最古の参道狛犬ということで有名ですが、私達はどちらかというとこの狛犬に多大なる感動を受けました。奥社を護るという重大な使命をおわされたこの狛犬は、孤高の尊厳というか高貴な威厳があり、未だに爛々と光る金色の眼差しで辺りを睥睨している、まさに聖獣という言葉がピッタリの感があります。名品中の名品といえるのではないでしょうか?
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(天和3年(1683)建立)
鋳抜門
慶安3年(1650)、唐銅で屋根・柱・壁などを鋳造しそれを組み立てたため、鋳抜門と称されています。豪華な中にも落ち着いた色調の門扉は奥社の意味合いと佇まいにピッタリ調和しています。
香炉上の狛犬
宝塔前に置かれたこの香炉は、鶴のロウソク立て・花瓶と共に、朝鮮通信使が運んできた朝鮮国王からのプレゼントだそうです。この狛犬は如何にも日本の狛犬然としていますがこれも朝鮮製なんでしょうか? 鋳抜門前のブロンズ狛犬同様奥社を護るに相応しい傑作です。
宝塔
宝塔は最めは木造でしたが、後に石造りになり、さらに天和3年(1683)の大地震で破損したものを、5代将軍綱吉公の時に、鋳工・椎名伊豫により現在の唐銅製(金・銀・銅の合金)に造り替えられました。