富士浅間神社

川越市富士見町(平成17年10月1日)

この神社は東武東上線・川越駅の南東600m、富士見町内の国道16号線に面して鎮座しています。浅間神社古墳・通称父塚と呼ばれる古墳上に建つこの神社にはまた、東歌の誕生の地はここであるという碑がたっています。浅間神社古墳と東歌の誕生の地については下記にてどうぞ。こんもりとした円墳は木々に覆われ、社殿裏には溶岩を積み上げて富士山を模した祠の前に端正な神使いのお猿さんがいます。その後ろには富士山の噴火口を現した岩穴があり、ここにお賽銭を投じて安産と開運を祈願するそうです。ここは江戸中期に浅間信仰が盛んになった時に創建された神社であり、御祭神は木花咲耶姫命です。

県指定・旧跡「占肩の鹿見塚」説明板より
万葉集巻十四の
武蔵野に占(うら)へ肩灼きまでにも告(の)らぬ君が名うらに出にけり
武蔵野で鹿の肩骨を焼いて占ったが、人には打ちあけもしないのに、愛していることが占に出てしまいました―東国処女はこう嘆く・・という解釈になるらしいのですが、詩心の全くない私には良く分かりませんでした。往古東国の人々が、武蔵野に棲んでいた多くの鹿を狩り、その肩骨を焼いて吉凶を占う風習があり、この故事から情緒深い占肩の歌が遺され、地名をシシミ塚と称していたそうです。

又、毎年7月13日は「仙波浅間神社の初山」で、過去1年間に結婚した花嫁、またお子さんが出来ると初詣する日で、お土産にはあんころ餅と団扇を買って帰り、あんころ餅は夏の健康のために、そして団扇は夏の難病及び疫病を追祓い夏を健かにすごすよう、お仲人や近親に配る習わしになっています。
またこの浅間神社の冨士詣は宝暦3年(1735)頃より盛んに成って現在まで続いており、冨士山の霊を祀った浅間神社の霊威に基く信仰で日本一のお山の冨士山のように、新婚さんまたお子様が社会に出て出世するよう参拝するものであります。神社の後ろにある岩穴は冨士山の噴火口を現したお池で、ここにお賽銭を投じて安産と開運を祈願いたします、昔の人は駿河の冨士山までお参りに行くのは大変ですので当地に駿河の冨士山を祭り冨士山の山開きに初めて登山する意味をもつものであります。(団扇の裏面より)

神社入り口。左側の木が鬱蒼とした所が
浅間神社古墳・現社殿の建つ所です。

社号標

万葉集巻十四の武蔵野に占(うら)へ肩灼きまで
にも告(の)らぬ君が名うらに出にけりの石碑

県指定・旧跡「占肩の鹿見塚」説明板と
今が盛りの曼珠沙華

境内の様子

社殿の建つ境内へ

社殿

溶岩を積み上げて富士山を模した祠

端正な神使い神猿

外側から

内側から

富士山の噴火口を現した岩穴

富士山北口登山六十六度記念碑