北面天満宮

佐賀市六座町1 (平成30年12月27日)

東経130度17分24.44秒、北緯33度14分51.49秒に鎮座。

この神社は、JR長崎本線・佐賀駅の南西1.6km程の辺り、六座町の街中に鎮座しております。

御祭神 菅原道真

由緒
北面天満宮は、むかし、鍋島町蛎久が肥前の国府であった頃、市場に鎮座の一国一社の天満宮を佐賀城下の町造りの際、鍋島直茂が蛎久の市場と共に当地に移してまつった。
当時蛎久で神社の諸事を司っていた天徳寺住持、竹庵西堂は藩主の命を受け豪族右近刑部その他有力な人々とともに天正3年(1575)11月25日神霊をこの地に移してまつり現在に至っている。
以来天満宮は文教の守護神として又、火災除けの神として住民の崇拝厚く、その実りとして六座町には今日まで大火災はないと言われている。現在の神殿は貞享3年(1686)拝殿は元禄15年(1702)改築されたものである。
又、所蔵の大太古は慶長11年(1606)政策され石の鳥居は明暦4年(1658)の建立となっている。六座町の名は、蛎久から天満宮とともに市場が移されたとき穀物座、木工座、金銀座、縫工座、煙硝座、鉄砲座の六つの座ができたことから由来している。六座町は佐賀城下で一番古い歴史を持った町で、市場発祥の地として長崎街道佐賀城下の繁華街であった。
境内由緒書き より。

神社入口

神門

拝殿

拝殿内部

本殿


石仏等