岡山神社
小城市小城町本町181(平成23年8月6日)
東経130度11分55.98秒、北緯33度17分8.1秒に鎮座。
この神社は小城駅の北西約500m、小城公園にある「桜丘」と呼ばれる小丘の南麓に鎮座しています。
神社南側に表参道入口があり、肥前鳥居など二基の鳥居が建立されています。参道からは樹齢・250年のご神木・大楠の優雅な枝振りが見え、蔦の絡まる神橋を渡ると、境内の入口となります。
境内に入ると先ず目に付くのが有田焼の灯籠で、流石日本でも有数の焼き物の産地がすぐ傍にある土地柄…と感心しました。建立年代不明の岩狛さん、はじめ進化形狛犬が護るのは、唐破風付き入母屋造りの豪華で開放的な拝殿と、流造の優雅な本殿です。
又、境内には天満神社、柳生宗矩を祀る玉成社 柳生十兵衛を祀る武成社が祀られています。はじめは何故こんな所に…と疑問でしたが、案内板を見て納得。佐賀は『文』の地だとばかり思っていましたが、『武』を旨とする藩主もいたのですね。
小城公園にはソメイヨシノが約3000本も植えられ、神野公園(佐賀市)、 旭ヶ岡公園(鹿島市)とならんで県下三大桜名所と言われているそうですが、これは初代小城藩主鍋島元茂公、二代直能公が明暦2年(1656)頃に植えたのが始まりといわれています。小城公園は二代直能が貞享元年(1684)に隠居地の庭として造園したのが始まりで、昭和26年に鍋島家から小城市に寄贈され小城公園と呼ぶことになったのだそうです。
御祭神:國武大神(元小城藩主 鍋島元茂公)、矛治大神(同二代 鍋島直能公)
祭礼日:春季祭・4月8日(宵祭)4月9日(大祭)、秋季祭・10月18日(宵祭)10月19日(大祭)、小祭・1月1日(元旦祭)
境内社:天満神社、玉成社、武成社、松鉄祠
由緒:元茂公は佐賀藩主勝茂公の長子なれど故あって祖父直茂侯の院経料地小城七萬三千五百石を継ぐ。
天性聡明にして殊に剣法は柳生但馬守宗矩の宗伝を継ぎ武神として仰がれる。
直能公も文武両道の達人にして殊に和歌の道を極め後西院天皇の宸詠を賜わり学神として仰がれる。
旧藩士民深くその威徳を追慕し寛政元年2月勧請して國武社と称す。安政5年11月21日更に岡山神社と改称現在に至る。
神殿の北に天満神社あり宝暦13年の建立にして学神管原道真公を祀る。
天満神社の北東に柳生宗矩を祀る玉成社 その左に柳生十兵衛を祀る武成社がある。
又南に松鉄祠あり。藩祖公に殉死せる十氏を祀る。
神社南側の表参道入口 |
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表参道入口に立つ一の肥前鳥居 |
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岡山神社第一鳥居
明治12年2月10日設立された県内最古の銀行である小城第九十七国立銀行の株主より奉納の石鳥居 |
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参道に立つ二の台輪鳥居 |
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社頭 |
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参道の様子 |
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神橋 |
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神社前面に聳える推定樹齢・250年のご神木・大楠 |
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境内入口 |
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表参道から入っての境内の様子 |
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有田焼の灯籠 |
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北参道側から見た境内の様子 |
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拝殿前、建立年代不明の岩狛さん
この狛犬の建立年代は分かりませんが、非常に良く似た狛犬が佐賀市金立町・金刀比羅神社(万延元年 1860)にいます。吊り上がった眉、くりくりした眼、斜め上にピンと張った顔脇の鬣、丸みを帯びた頬などから若々しさや、三頭身の体型からは可愛らしい印象を受けます。岩狛さんの中でも、姿、彫りの丁寧な良い狛犬さんですね。
狛犬の拡大写真はこちらで |
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拝殿前、建立年代不明のはじめ進化形狛犬
顔立ちはしっかりと狛犬になってきましたが、お腹の下は未だ刳り抜かれてはいません。えらの張ったのんびりとした顔つきで、阿は大きく切れ込んだ口の中に牙が見えます。垂れ耳も太く大きくなった尾も、身体から離れつつあります。はじめとしてはかなり後期の作品ではないでしょうか?
狛犬の拡大写真はこちらで |
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拝殿 |
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弊殿と本殿 |
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境内社:天満神社 |
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天満神社拝殿 |
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天満神社本殿 |
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武成社 |
玉成社 |
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北参道からの入口に建つ神門 |
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北参道の様子 |
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北参道脇に聳えるご神木・大楠 |
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北参道に立つ肥前鳥居 |
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北参道入口 |
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小城公園 |
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