八王子神社御旅所(前 八劒神社)
大阪市東成区大今里1-17-10(平成24年1月6日)
東経135度32分53.58秒、北緯34度40分11.74秒に鎮座。
この神社は地図には「八王子神社」と記載されていますが、旧八劒神社跡地で、現在は「八王子神社御旅所」となっている様です。八王子神社は東成区中本4-2-48に鎮座していますが、今回は参拝できませんでした。
民家が建て込んだ一角に御旅所があり、その境内全体を覆うように樹齢約1300年の大楠が聳え、その大楠を敬うように玉楠大明神が祀られています。
又、境内右奥に平成生まれの狛犬が護る「前 八劒神社跡地」碑が建立されています。明治政府の強引な神社合祀令により、この地に鎮座していた八劒神社は一旦はこの地から姿を消したのでしょうが、地元の人々の崇敬心の篤さにより又復活したのでしょうか?大きな信仰の力が感じられた御旅所でした。
由緒:前 八劒神社略記 (現 八王子神社御旅所)
明治22年迄は、この地一帯は東成郡西今里村と称し、素盞嗚命、奇稲田媛命、大貴大命の三柱を奉斎する八劒神社がここに在り、此の村の氏神さまでした。
創建年代は大変古く、仁徳天皇が高津宮の皇居守護神としてお祀りされたと伝えられています。
その後仁壽2年9月に里人産土神として社殿を修営し、文保2年6月に改築を行ったと記録されていますが、大阪夏の陣の兵火にあい、寛永2年に再建し、江戸時代は八劒大明神と称し崇敬してきました。
明治5年に村社となり八劒神社と改称、明治42年11月に東成区中本の八王子神社へ合祀し、現在は御旅所となっています。
境内には大きな楠(樹齢約1300年)の在るところから、俗に「楠神社」と呼ばれています。明治18年6月の淀川切れ大洪水のとき、この地の住民40数名が此の楠の大枝に3日間避難して、かろうじて生命が助かったと語り伝えられています。

神社入口 明神鳥居 |
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社号標 |
鳥居に掛かる額 |
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境内の様子 |
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境内社:玉楠大明神入口 |
鳥居に掛かる額 |
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玉楠大明神拝殿 |
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大楠上に鎮座する玉楠大明神本殿 |
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前 八劒神社跡地 全景 |
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前 八劒神社跡地 境内 |
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前 八劒神社跡地を護る平成生まれの狛犬
狛犬の拡大写真はこちらで |
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(平成12年(2000)5月吉日建立) |
「八劒神社跡」「斎鎮」碑 |
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平成16年 市保存樹指定・八王子神社御旅所の大楠
幹周・11.0m、樹高・25.0m、樹齢・約1300年 |
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