和間神社

宇佐市松崎793 (令和7年10月24日)

東経131度24分52.16秒、北緯33度33分14.98秒に鎮座。

この神社は、JR日豊本線・宇佐駅の北3km程の辺り、松崎の街中に鎮座しております。

御祭神 八幡大神・比売大神・神功皇后

由緒
この地は神武天皇御東征の寄港地であり、また神功皇后の三韓征伐の軍船をつくられたなど、宇佐と共に古い神蹟である。
719年養老3年南九州の隼人の乱をしずめるため国司は宇佐神宮を奉じて軍をすすめたが、強く反抗したので策をかまえ人形が相撲をする舞を見せて亡した。この為に隼人の怨みがあらわれていろいろの病災があったので、勅命でこの慰霊の祭を放生会と称して行われることゝなった。
現今全国各地で秋に放生会をするが、743年天平16年に宇佐神宮が古代から由緒のある神域和間の地で勅大祭が行われたのが、この祭り、また和間神社のおこりである。
戦国時代頃までは、神域は浮殿を中心にして松崎・佐々礼・水崎におよぶ殺生禁断の地であり、古表神社(築上郡吉富町)の神相撲(くぐつの舞)やいろいろの舞楽があり、法蓮・華厳・覚満・射能などの仏事もあった。
宇佐神宮をたゝれた八幡宮若の神幸は、華美荘厳いろいろの神事を行い放生会(ただ今は仲秋祭)がこの神社で行われた。
然、神宮の盛衰と共に応永年間足利幕府大内氏の寄進。
元和年間細川忠興の力で再興され、また、昭和13年から現制に復古したが、往時を偲ぶ姿もなく、境内も縮小したが、昭和39年6月10日に社殿神域を復旧造営した。
境内由緒書き より。

参道入口

神額

参道

参道左右の狛犬。拡大写真はこちら。

(昭和7年(1932)4月建立)

拝殿

本殿


昭和御大典紀念碑

案内