葉山神社

中津市本耶馬渓町跡田544 (令和7年10月26日)

東経131度10分40.72秒、北緯33度28分37.51秒に鎮座。

この神社は、東九州自動車道・中津ICの南西7km程の辺り、耶馬渓町跡田の街中に鎮座しております。

御祭神 天津彦火瓊々杵尊・猿田彦命・彦火々出見尊・吾田鹿葦津媛命・火折命・火進命・火明命・天饒石命・国饒石命

由緒
承平七年(937)藤原純友は平将門の叛に応じ破れ、四国から九州に渡り当町大字跡田琴弾川の岸辺に陣した。十二月二十九日の夜七社の神が現れ純友を諭す。純友は前非をくい朝廷に降伏するため、里正治郎彦を呼んで自ら神明を老松樹上に祀り、シメ縄を張り、供物を献し斎戒沐浴して罪を謝し、帰順する旨を上奏して退去した。是により、治郎彦は即時に社殿を建立し、七社大名神と崇め、祭日を十月二十九日と定めた。
…(略)… 天正年間、大友宗麟の兵火に罹り、社殿は焼失……
その後、社殿を現在の葉山に移し、神官高橋氏が奉仕していたところ、元禄四年、中津の武士上条太郎左衛門という人物が当村に住し、神座の席順から争いを生じたため、分離した。ひとつは同所北側に青競秀峰妙見宮から妙見様を勧請し御祖社(通称下宮)を建立した……。
村の鎮守のドットコム より。

参道入口

入口左右の狛犬。拡大写真はこちら。

 

(昭和4年(1929)12月建立)

神額

二の鳥居と神額

 

参道

拝殿

本殿

本殿縁側の狛犬。拡大写真はこちら。

 

(年代不明)


脇社

脇社前の狛犬。拡大写真はこちら。

 

(嘉永3年(1850)庚戌12月建立)

社殿

石祠