田倉牛神(たくらうしがみ)

備前市吉永町福満989-2 (令和5年1月5日)

東経134度14分04.08秒、北緯34度48分26.87秒に鎮座。

この神社は、JR山陽本線・吉永駅の東3km程の辺り、吉永町福満の街外れに鎮座しております。

御祭神 牛頭天王

由緒
田倉牛神社は、古代易道思想と共に疫除神として渡来したと伝えられている「牛頭天王」を祭神として、流行病や天変地異の災害から氏子をお守り頂こうとして勧請されたものであり、この年代は江戸時代の初期と考えられる。現在のごとくご発効に至ったのは、往時岡山藩が農業振興策の一つとして農家に牛を飼うことを奨励し各村に一祠あて祀らせたものが、その一因であるといわれている。
ご神体は石で彫刻された牛で、周りには信仰によって献ぜられた備前焼の牛馬像が無数に積まれ、その数は十万・二十万ともいわれて、それが神座となっている。
拝殿はなく牛の守護神として且つ又農耕の神として多くの信仰を集め、今でも飼牛の病気平癒を祈願する人も多いが、昭和の初期からは、しだいに一般的な五穀豊穣、家内安全、結婚、就職、入試、交通安全、商売繁盛などと時代の流れとともに祈願の対象が変化している。
毎年正月・五月・九月の五日が大祭であるが、これ以外の月の五日にもたくさんの参拝者がある。特に正月五日は初詣ということで近郊からの参拝者で境内が埋めつくされる。
神座を主体とする聖域の立木はもちろん一草といえども切ることを禁じられ、犯した者は必ず神罰を被ると言われる程霊験あらたかな神である。お詣りする人は備前焼の小牛を献ずる風習があり、又既に祈願者が献じた牛像一体を借りて帰り、大願成就のあかつきには、借りた牛像のお返しには、もう一つの牛像を添えて倍返しのお礼詣りをする習わしがある。
境内由緒書き より。

参道入口

一の鳥居

神額

参道

参道左右の狛犬。拡大写真はこちら。

(平成13年(2001)11月建立)

二の鳥居

御神体

牛像


末社

牛像