井田(いた)神社

備前市穂浪839 (令和5年1月5日)

東経134度13分56.42秒、北緯34度43分51.99秒に鎮座。

この神社は、JR赤穂線・伊里駅の南南東1km程の辺り、穂浪東側山の斜面に鎮座しております。

御祭神 仲提海中石

由緒
芳烈公が井田御開発の節、寛文元年(丑)三月、村中の信仰によって、仲提海中石を祭神と奉称した。其の後、文化十年(酉)三月に西京の土御門家より木像を勧請し奉斎した。昭和二年七月十八日不慮の火災により全社殿を焼失した。昭和五年五月十八日氏子の協力によって再建し今日に至っている。昭和十九年に龍神社を井田神社と変更した。昭和二十年天神社の飛地境内神社と成ったが、昭和五十四年独立して井田神社として設立した。
岡山県神社庁公式サイト より。

芳烈公:(池田光政 姫路藩第2代藩主)幼名を幸隆(よしたか)といい,元服のとき将軍徳川家光の諱(いみな)の1字をもらって光政と改めた。通称を新太郎,諡(おくりな)を芳烈公といい,官名は従四位下左近衛権少将。妻勝子は本多忠刻(ただとき)と千姫の娘。
コトバンクより

参道入口

注連柱

参道を横切る県道397号寒河本庄岡山線。

鳥居

境内入口

境内入口の狛犬。拡大写真はこちら。

(昭和58年(1983)10月吉日建立)

拝殿

拝殿内部

本殿


稲荷神社

末社