吉野郡十津川村上野地363-1 (令和4年10月15日)
東経135度45分17.64秒、北緯34度05分08.51秒に鎮座。
この神社は、十津川村役場の北北西10km程の辺り、十津川の東側斜面に鎮座しております。
御祭神 長慶天皇
南帝陵
「ここ国王神社の境内にある」長慶天皇は、文中2年(1373)8月御位いを弟の後亀山天皇に譲られ、同年10月まで、紀伊国玉川の宮におられたが、賊徒の襲来を受け大和の天の川村、五色谷行在所へお移りになったところが、ここでも賊徒に襲われたので、もはや運命もこれまでと同所の「廻り岩」でご自害なされた。このとき、近侍のものが、ご遺体を水葬に付したところ、数日を経て御首が、下流の十津川村上野地字河津の渕(現在地付近)へ流れつき毎日水底より、不思議な一条の光を発した。これをみつけた村人が、丁重にこのところへ葬り玉石を安置してお首塚と呼んだ。以上が南帝陵の戸津川村における伝説の概略である。しかし歴史上、天皇は弘和2年(1382)まで在位されていたことになっており大和誌によると、神社が長慶天皇の勅願宮となっていることなどから日時が神社創建のときと混同されて伝えられたと思われる。いずれにしろ村民が600年来長慶帝の在位を確信し、これを奉祀してきたことに、十津川村の特殊性がある。
境内由緒書き より。
参道入口
参道
二の鳥居
境内入口の岡崎型狛犬
拝殿
本殿玉垣前の狛犬。拡大写真はこちら。
(弘化4年(1847)丁未11月建立)
本殿
大将軍神社
祖霊社
隣の十津川生コン