等彌(とみ)神社

桜井市桜井117 (平成19年1月3日)

東経135度51分24.55秒、北緯34度30分11.53秒に鎮座。

 この神社は桜井駅の南東約900m、国道165号線・薬師町信号から37号線に入り、段山神社に向かうと左手に鎮座しています。入口はさほど感じさせないのですが、なだらかな山容の鳥見山(標高245m)の西麓に鎮座する境内は広大で、桜、紅葉などの四季折々に彩りを添える広葉樹と常用樹の入り交じった鎮守の杜はしっとりとした落ち着いた雰囲気を醸し出しています。その歴史的な重要性もさることながら、境内や参道沿いには150余基の石燈籠や数々の境内社、8対もの狛犬が居り、時のたつのも忘れるくらいの素敵な神社でした。

 (等彌神社の栞より)
 御祭神:上社・天照皇大神、 下社・春日大神、八幡大神
 境内社:弓張、恵比須、黒龍、金比羅、稲荷、猿田彦、愛宕の7社
 例祭日:5月5日(大祭)、5月13日(鳥見山中霊畤大祭)、8月19日(堀口大学百合祭)、10月17日(神嘗祭)、11月23日(新嘗祭)
 由緒:神社は延喜式の式内の古社にして縣社であります。桜井駅の南東になだらかな山容をみせる鳥見山の西麓に鎮座し150余基の石燈籠が竝立する。
 参道を進むと「上社(上津尾社)」に至り、裏参道を下ると「下社(下津尾社)」に至る。
 上社より鳥見山山頂へ道が続いている。この山は神武天皇御即位の後4年(BC657)春2月鳥見の山中に霊畤(まつりのにわ)を立て高祖天神を祀りて大考を伸べ給うた大嘗会の舞台です。 

社号標 神社入口
裏参道の入口近くにいる大正2年生まれの狛犬です。
随分苔むしてはいますが、顔つきは若々しく張りのある体つきで、品格が感じられます。
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(石工・当町 平井庄太郎 大正2年5月建立)
裏参道入口の一の鳥居 裏参道の社号標「式内 等彌神社」
御祓殿石 裏参道の様子
境内社・猿田彦社
案内板には「御祭神の猿田彦の大神は大工御祖の神と申す国津神なり
状貌魁偉にして鼻の長さ七寸背の長さ七尺余りまた口尻赤くして光り
眼は輝く鏡の如くなりと云う天孫降臨に際し天八衢(あめのやちまた)に待ち迎え
啓行され天孫を高千穂峰に導かれた大神で国土を開拓廻導された
大地主の神なり」と書かれています。
下津尾社入口 下津尾社拝殿
下津尾社の拝殿後にいる大きな玉に跨った様な狛犬。
所謂、広島玉乗りという形をしていますから、江戸時代に遙々と
瀬戸内を航海して運ばれてきたのでしょうか?
 お団子の様な鼻と、チョコチョコッと出ている
糸切り歯のような牙が可愛いですね。
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(天保8年(1837)5月建立)
下津尾社の本殿前にいる、ロングスカートをはいた様に裾を引きずっている小さな狛犬。
遠目は可愛いのですが、近くでじっくり見るとかなりおじさん顔をしています。
吽には小さな突起物が有ります。建立年代は不明です。
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下津尾社本殿
左・春日神社(天児屋根命) もとは結びの宮(高皇産霊神)
右・八幡神社(品陀別命) もとは磐余明神
境内社・恵比須社 裏参道の様子
境内社・金毘羅社
境内社・金毘羅社の嘉永5年(1852)生まれの狛犬。
大きな前垂れを掛けているので、体つきはよく判りませんが肉付きが良さそうです。
ギリシャ神話のポセイドンの様な、威厳に満ちあふれた容貌をしています。
吽は変わった角付きです。
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(嘉永5年(1852)5月吉日建立)
境内社・愛宕社 愛宕社の社殿内にはお地蔵様?
裏参道からの上津尾社入口
裏参道からの上津尾社入口にいる明治22年生まれの狛犬。
厳めしい顔つきをしていますが、吽は前脚に縋り付く見返り子狛を連れています。
手抜きのない良い彫りをしています。
境内の狛犬、拡大写真はこちらで
(明治22年9月建立)
上津尾社拝殿前の大正14年生まれの狛犬。
背筋と首を伸ばし姿勢正しい蹲踞の姿で社殿を守っています。
阿は切れ長の細い眼で知的な感じがし、吽は小さな角付きで
犬の狆のようにチンクシャの可愛い顔をしています。
(大正14年2月建立)
上津尾社拝殿 上津尾社本殿
上津尾社弊拝殿前の小さな狛犬。
遠くで良くは見えないのですが、小さいだけでなく、眉毛と眼の間が広く、
まん丸眼をして、円やかな体つき、何とも愛嬌のある顔つきをしています。
太ももには線書きで体毛が表現されているようです。
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境内社・弓張社 境内社・
鳥見山稲荷神社入口
境内社・鳥見山稲荷神社拝殿 境内社・鳥見山稲荷神社本殿
境内社・鳥見山稲荷神社の狛犬。
この他社殿には、石像が一対と沢山の陶器製のお狐様がいらっしゃいました。
(昭和6年11月建立)
上津尾社への参道からの入口 上津尾社への参道の様子

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