伊倉南八幡宮

玉名市宮原701(平成24年4月6日)

東経130度34分49.59秒、北緯32度54分11.36秒に鎮座。

 この神社は肥後井倉駅の南西約1.2kmに鎮座しています。167号線を挟んで南北に北八幡宮と南八幡宮が鎮座しているという全国的にも珍しい神社です。ネットで検索すると、このような形態なので伊倉八幡宮は「両八幡」と呼ばれており、『玉名郡司日置(へき)氏の荘園を宇佐八幡宮が買得し直接経営したことに始まり、中世に行われた下地中分線を境に南方、北方に別れました』『北八幡宮は熊襲鎮静のため南向き、南八幡宮は海外貿易の発展を祈願して有明海を望む西向きにしたと伝えられています。』と記されていました。
 広い駐車場の前に入り口があり、石垣の前には立派な仁王様が睨みを効かせてます。石段を上がり鳥居を潜ると、左手に手水舎が配され、右手には大きく枝を広げた市指定天然記念物の大楠が聳えています。手水舎の後ろには大正6年生まれの狛犬がおり、正面には「八幡宮」の額を掲げた楼門。楼門内には随神さんと木製神門狛犬もいます。
 境内に入ると正面に唐破風付き妻入りの拝殿、後ろの透かし塀内に大きく優雅な本殿が建立され、周囲には境内社や石碑が点在しています。拝殿に向かって右手には海上交通安全、悪病退散、安産のお守りともされてきたナギの木がスックと立っています。

 御祭神:応神天皇、神功皇后、併祀:仲哀天皇、健磐竜命、宗像大神
 祭礼日:春大祭・4月、秋大祭・10月
 境内社:数社
 由緒:玉名市の伊倉八幡宮は、道を挟んで北八幡宮と南八幡宮が鎮座している、全国的にも珍しい神社です。なぜ北と南に分かれたのかは明らかではありませんが、創建は和銅2年(709)といわれています。
 両神社では、春(4月)と秋(10月)に例大祭が行われ、勇壮な「馬追接頭」(秋のみ)と金糸銀糸の華やかな着物に身を包んだ「ねり嫁行列」が華を添えます。…後略…。


社頭
神社入口
入口にいる石像の仁王様
境内入り口に立つ台輪鳥居 鳥居に掛かる額「八幡宮」
参道の様子
参道脇にいる大正6年生まれの狛犬
スマートで均整のとれた体つき。ライオン顔です。
狛犬の拡大写真はこちらで
(大正6年(1917)10月吉日建立)
楼門
楼門内にいる随神さん
楼門内にいる木製神門狛犬
剥げかかってはいますが阿には朱、吽には白い色が残っています。双方に角があり、優しい顔立ちの狛犬です。
狛犬の拡大写真はこちらで
境内の様子
唐破風付き妻入りの拝殿
拝殿に掛かる額「盛仁徳」
拝殿蟇股・龍
拝殿木鼻・狛犬と獏
透かし塀と流造の本殿
本殿木鼻・龍と象
本殿妻左右にいる風神・雷神

神楽殿?
合社
境内社 境内社
猿田彦大神と三猿 猿田彦大神

市指定天然記念物・大楠
樹齢:400年以上、幹囲:7.8m、樹高:36m
古来、「雷神木」と称され、すでに江戸時代には社殿の棟数に加えられていました。また藩主の御用船用材として指定されましたが、神木のために除外されたといわれています。「郷社伊倉八幡宮由緒記」によると、明治10年の西南戦争時に御神体をこの大樟の上枝に奉遷し、難を逃れたといいます。
市指定天然記念物・ナギ
樹齢:約400年、幹周:約2m
ナギは古来熊野神社の神木として知られるが、この地方にも熊野信仰の伝播と共に、多くの熊野神社が勧請され、この神木が植えられた。また、熊野神社は八幡宮の客神としての信仰も厚かった。伊倉南八幡宮では、氏子は毎年大晦日より元旦未明にかけて参詣し、ナギの葉をいただき家庭の神棚に奉斎して一年の招福を祈り、正月五日には、ナギの葉を用いる牛王宝印神事が行われ、古来重要な祭儀とされた。ナギの葉は海上交通安全、悪病退散、安産のお守りともされてきた。