阿夫利神社奥社

伊勢原市大山 (平成21年12月31日)

東経139度14分3.1秒、北緯35度26分12.9秒に鎮座。

【神社情報・Topazさんより】
昨年末に思いもかけない遭遇があったのですが、大山阿不利神社の山頂に安永7年の子がいるのです。辛かった山登りですがこの感激に言葉もありませんでした。

管理人の一言。
この私にも若い頃があって(結構昔)、登ったことがあるのですが、その頃は神仏、狛犬一切関心無し!。というていたらくだったので、勿論全く記憶が無く、お恥ずかしい限りです。ところが狛犬はちゃんと居たのです。我が節穴の目を詛うばかりです。
この度、嬉しい事に、Topazさんより狛犬情報が寄せられたので、御紹介したいと思います。

Topazさんは奥の院と言っていますが、阿夫利神社公式サイトでは奥社と言っており、一応我々のサイトも「神社と狛犬」主体なので、「奥社」としました。奥の院では寺院といった趣があるからと思われます。しかし、雨降山大山寺から言えば勿論「奥の院」。現在は別々の施設となっているようです。

阿夫利神社 本社 大山祗大神
阿夫利神社 奥社 大雷神
阿夫利神社 前社 高龗神
雨降山大山寺 奥の院 倶利伽羅竜王

異なる宗教法人となってしまった現在では、こうなるのも仕方が無いのかも知れません。隣り合う神社と寺が様々な確執を抱えている所は全国に見られます。しかし、明治以前は勿論一体で、この大山そのものが御神体で石尊(せきそん)大権現とよばれ、古くから篤く信仰されていたようです。延喜式神名帖に相摸国大住郡・阿夫利神社とあるのは、この山頂にあった石尊社かと思われます。

相州雨降山大山寺は江戸を去ること十八里、良弁僧都の開基にして真言宗高野山に属す。寺領百四十八石、別当八大坊、坊舎共に十二坊、脇坊六幹、他に大勧進御師あり。本尊不動明王、次に前不動。石尊大権現は二十八町山奥の頂にありて、脇に大天狗小天狗の社あり。常は参詣を許さず、此月に限りて登山を許す。故に遠近より詣人群集をなし、道中宿々昼夜往来絶えず、賑えること甚し。
『東都歳時記』より。

一の鳥居。奉納 東京銅器職講。

二の鳥居。江戸町火消、れ組の奉納。後ろの建物は前社と思われます。

本社拝殿

本社本殿

奥社。前左右にいるのが安永7年の狛犬でしょうか。

若干の損傷が見られるものの安永年間の狛犬でここ山頂にある事を考慮すれば、とても良い保存状態だと思います。
拡大写真はこちら。

(石工 新橋・長右ヱ門 安永7年(1778)戊戌6月吉日建立)

天明期の灯篭

山頂付近より見る下界と江ノ島