江島神社岩屋

藤沢市江の島 (令和7年11月3日)

東経139度28分44.90秒、北緯35度17分42.77秒に鎮座。

【神社情報・「狛犬小僧」さんより】
江ノ島の南側にある岩屋(洞窟)の中に有り、入場料500円を払わないと参拝不可能な難易度の高い神社です。第一岩屋の奥に鎮座する元祖江島神社。

奥津宮から歩いて約10分。江の島弁財天信仰の発祥の地です。多くの高僧や武将がここを訪れて祈願のため籠ったことを「江の島参籠」といってました。夏は岩屋に海水が入るので、昔は旧四月〜十月の間は、岩屋本宮の神様を山の上の御旅所(奥津宮)に移していたと伝えられています。岩屋は、第一岩屋と第二岩屋があり、いずれも藤沢市が管理。現在は、何もお祀りされていませんが、多くの石仏や奇岩、句碑などを見ることができます。
(以上 江島神社ホームページより抜粋)

波の浸食で出来たもので第一・第二霊窟からなり約150メートル深奥が当神社発祥の地である。欽明天皇十三年(五五二年)にこの地に鎮座されました。
(以上 神社由緒書より抜粋)

境内由緒書きはこちら。

江ノ島岩屋

岩屋入口。この奥で500円払うシステムです。

洞窟通路。途中から暗くなるので蝋燭を貰います。

参道の蛇

江島神社。右側中段の石には文字が彫られていて「山木」とも読める。

狛犬。犬よりライオン風な狛犬さん。首輪を付けていて足元には蛇の様な物が巻き付いている。拡大写真はこちら。

鳥居が彫られた石宮。


石仏

鎌倉幕府の草創に大きな力となった北条時政がここ江ノ島に参籠して子孫の繁栄を願ったくだりの絵図。太平記より。

時政参籠榎嶋事
昔鎌倉草創ノ始、北条四郎時政榎嶋ニ参籠シテ、子孫ノ繁昌ヲ祈ケリ。三七日ニ當リケル夜、赤キ袴ニ柳裏ノ衣着タル女房ノ、端厳美麗ナルガ、忽然トシテ時政ガ前ニ来テ告テ曰、「汝ガ前世ハ箱根法師也。六十六部ノ法華経ヲ書写シテ、六十六箇國ノ霊地ニ奉納シタリシ善根ニ依テ、再ビ此土ニ生ル事ヲ得タリ。去レバ子孫永ク日本ノ主ト成テ、栄華ニ誇ル可。但其挙動違所アラバ、七代ヲ過グ不可。吾言所不審アラバ、國々ニ納シ所ノ霊地ヲ見ヨ。」ト云捨テ帰給フ。其姿ヲミケレバ、サシモ厳カリツル女房、忽ニ伏長二十丈許ノ大蛇ト成テ、海中二人ニケリ。其迩ヲ見二、大ナル鱗ヲ三ッ落セリ。時政所願成就シヌト喜テ、則彼鱗ヲ取テ、旗ノ文ニゾ押タリケル。今ノ三鱗形ノ文是也。其後辨才天ノ御示現二任テ、國々ノ霊地へ人ヲ遣シテ、法華経奉納ノ所ヲ見セケルニ、俗名ノ時政ヲ法師ノ名二替テ、奉納筒ノ上二大法師時政ト書タルコソ不思議ナレ。サレバ今相摸入道七代二過テ一天下ヲ保ケルモ、江嶋ノ辨才天ノ御利生、又ハ過去ノ善因二感ジテゲル故也。
今ノ高時禅門、已二七代ヲ過、九代二及ベリ。サレバ可亡時刻到來シテ、斯ル不思議ノ振舞ヲモセラレケルカトゾ覚ケル。

とても抹香くさい因縁話です。嘗てこの地が仏教の霊地だった事を物語っています。