花園神社

北茨城市華川町花園567(平成18年9月16日)

 この神社は常磐線・大津港駅南から27号線・塙大津線をひたすら西に走り、山の中にはいること約30分…で行ける筈だったのですが、関本を過ぎた辺りで道路封鎖。この先で土砂崩れがあり、ここから先は通行不能とのこと。茨城県の最北山間地で、この辺りの詳細地図は載っていません。途方に暮れていると運良く警備員さんがこの地の方で、実に丁寧に回り道を教えて下さいました。そこで、10号線・日立いわき線で南下、華川小を過ぎ花園川を渡ったらすぐの信号を右折。小豆畑から153号線・水沼磯原線に入り、山の中の気持ちの良い道路を走る事約20分、無事花園神社に到着する事が出来ました。花園渓谷は紅葉が綺麗で有名だそうですが、この季節でも清冽な花園川の流れは魅力的で、川にかかる木々の様子は、深山幽谷の趣を充分感じさせてくれます。
 花園川にかかる朱の神橋を渡り、階段を登ると一の鳥居が建ち、その後に山王大権現の勅額を掲げた立派な八脚の仁王門が建っています。境内左右には古来から天狗槙と呼ばれている高野槙が大きく枝を垂らした姿で聳え、中央には唐破風付き権現造りの華麗な拝殿、左手には延宝4年建立の神楽殿が朱も鮮やかに建っています。拝殿裏の目立たないけれど急な石段を登りつめると、この神社の社殿としては一番古い三間社流造、唐破風付きの本殿が、余り訪れる人もなく静かに建っています。その間にいる、それぞれが個性的で素晴らしい石造りの狛犬が二対、本殿に木彫神殿狛犬が一対は、狛犬ファンを堪能させてくれます。また、神域には樹齢数百年の老樹・巨木数百本がうっそうと茂っており、神社の深遠たる雰囲気を助長しています。
 花園神社しおりによると、「花園神社は御祭神:大山祇命・大山咋命・大物主命で、大北川沿流十ヶ村の総社と称され信仰を集めた。創立は、約1200年前の昔、延暦14年(795)、征夷大将軍「坂上田村磨」が奥州下向の折に、草創されたといわれている。大同2年(807)、花園山と号づけ勅額が掲げられた。天長年中(824〜834)慈覚大師が当山にて修行、定観2年(860)に天台宗満願寺を再興した。前九年の役(1051)にて源頼家、八幡太郎義家親子が安部貞任・宗任追討のため奥州に向かう際には社参し請願書を、又、後三年の役(1083)に勝利し上洛のときには、山王幡と源氏の白旗二旒を神社に納めた。源氏の流れを汲む徳川幕府も非常に崇敬厚く、慶長七年(1602)、家康の社頭領五十石の御朱印を寄進されたのをはじめ、代々将軍の代わるごとに、同朱印書が寄せられた。明治初年、神仏分離で満願寺が廃止になるまで「花園山王大権現」と称する神仏混淆の寺社であった。」とあります。

社号標
神社入口。
花園川にかかる朱の神橋
神社前を流れる花園渓谷の清流
神社入口 仁王門
寛政4年(1792)建立の八脚楼門です
明治2?年生まれ、仁王門前の名品江戸狛犬。
「こんな山奥によくぞここまでの名品狛犬が居るものよ!」と
二人とも暫し見とれてしまったほどに出来の良い狛犬です。
この辺りでは見かけないタイプですから、多分江戸から腕の良い石工さんを呼んで造らせたのでしょう。
思慮深そうな美形の顔もさることながら、流れるように自然な毛の流れ、
身体の滑らかな曲線、全体のバランス、どれを取っても文句の付けようがありません。
(明治2?年建立)
仁王門の木鼻狛犬
内側の一対は角付き、外側は普通の木鼻狛犬で、二対とも前方向きについています。
暗くて良く見えなかったのですが、結構人間っぽい仁王様だったのですね〜。
仁王門の挙鼻の彫刻。
鳳凰と、犬か狛犬のような四つ脚動物が、語り合っているように見えます。
嘉永4年(1851)建立の唐破風付き拝殿 延宝4年(1676)建立の神楽殿
拝殿の華やかで精緻な彫刻
拝殿の木鼻狛犬。天女の羽衣のような風にたなびく美しい鬣を持っています。
本殿前のはじめ狛犬。阿吽が反対位置に置かれています。
拝殿裏から本殿へ上がる階段から見上げると、まるで子豚ちゃんがうずくまっているようです。
前に回って正面から見ると、今度は肥満の猫に見えました。
石の大きな塊をおおざっぱに彫って目鼻などを線刻した…そんな感じの造りです。
でも私はこんな子が好きで、こんな子に会いたくて、日本全国を探し回っているのです。
猫目が可愛く、頬に描かれたおヒゲがキュートです。建立年代は不明ですが、
殆ど直置きですし、風化も激しく、結構古いのでは…と思われます。
残念な事に夫は吽の裏側からの
写真を取り忘れてきました。
天正11年(1583)建立の三間社流造、唐破風付きの本殿
本殿の挙鼻には三猿が彫られています。
本殿階段脇にいる縦置き木彫神殿狛犬。
金色の目をしていて阿は渦巻きカール、吽はストレートヘアーの鬣です。
端正な感じの狛犬ですが、関西系の神殿狛犬とは異なり、尾が小さく短いようです。
流石山王系、本殿上の縁にいる随神さんは神猿でした。
本殿右脇上の末社。
ここにも神猿さんと思われる石像があります。でも殆どカッパのように見えました。
県天然記念物指定、拝殿脇のご神木・高野槙
拝殿の両側に聳える高野槙は、古来より「天狗槙」とよばれています。周囲4.4m、樹高30m、樹齢600年を超え、槙としては、県下第一の古樹で全国的にも稀なものだそうです。
入口脇に聳える大杉
この他に神域には数百本の巨木があり、中には樹高60メートルに達するものもあるのだそうです。中でも三本杉と呼ばれる地上10mのところから3本に分かれている大杉が有名で県天然記念物指定となっています。
地上数m上にある大きな瘤。昔、何らかの理由で傷が付いたり、病気になったのを、杉自信の自然治癒力で回復した名残なのだそうです。

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