八幡宮

太田市大島町1129(平成20年12月20日)

東経139度22分12.54秒、北緯36度17分51.52秒に鎮座。

 この神社は西中学校の北に鎮座しています。入口に「鎮守八幡宮」という社号標が建ち、右側には「八幡山古墳」100mという案内が有りますが、路地の入口という感じで、所謂神社の入口とはほど遠い雰囲気の参道の様子です。一般家屋と焼き肉やさんの間を入ると、20mほどで明神鳥居が建ち、ここからは一気に登りとなります。歩きづらいガタガタの階段が続く参道を喘ぎながら登ると、植え込みの間が少し開いていて明るい空間が見えてきますが、ここが境内入口でした。境内は尾根上にあり奥の一段高い位置に社殿が建立されていました。鞘堂内の本殿は朱の彩色が施され、彫刻もあり、金山付近18郷の総鎮守で旧郷社だった面影が偲ばれる立派な造りをしていました。
 「八幡山古墳」案内ではここが後円部の中心のようですが、私には余りよく分かりませんでした。

 御祭神:品陀和気命、彦狭島王、宇迦之御魂神他八柱例祭日:
 例祭日:9月15日
 境内社:浅間神社等
 由緒:往古国守が彦狭島王を奉祀し、後新田義重が石清水八幡宮を勧請合祀しました。
 元弘、建武の頃には金山付近18郷の総鎮守に定められ、明治5年郷社に列しました。

「八幡山古墳」案内はこちらで

社号標「鎮守八幡宮」 入り口にある「八幡山古墳」案内
参道入口 明神鳥居
階段が続く参道の様子
境内入口 境内の様子
奥の一段高い位置に社殿が建立されています。
拝殿
本殿鞘堂 本殿正面
本殿側面から
本殿妻の彫刻
本殿手挟み
本殿木鼻・狛犬と象
右側の象は失われています。
末社 参道下りの様子