一峯神社

邑楽郡板倉町海老瀬(平成18年5月25日)

【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員より】
 この神社は、佐野古河線を古河方面に向かい、右に少し入った権現沼の辺にあります。文政3年、やや太めの狛犬が迎えてくれました。本殿は見ることが出来ませんでした。境内には、貝塚があり、板倉町の指定史跡になっています。大昔、この辺まで海だったのですねー。

 この神社は渡良瀬遊水池すぐ西の権現沼南に鎮座している海老瀬村の総鎮守です。境内には一峯貝塚があり、7千年前の縄文時代早期にはこの辺りが海岸線だったということなのでしょう。
 由緒書きによると、創建は天平宝宇8年(762)(調べたところによると、天平宝宇8年は764年に当たるのですが、元号の年と西暦の年、どちらが本当の創建年なのでしょうかね〜?)日光開山の勝道上人が二荒権現を勧請し、「峯の権現」と称したのにはじまると伝わっています。その後上野下野の領主であった藤原魚名により藤原氏の祖先神・天津児屋根命が、地域開発、武運長久の守護神として奉斎され、「一峯神社」と改称されました。天慶年中(947)には、藤原秀郷が平将門討伐にあたり、道城を構えて将門調伏の祈願を行いました。 明治期には間田の日枝神社、神明宮の二社を合祀し、大正期には頼母子の浅間神社も合祀しています。

境内入り口。鳥居の扁額には
「一峯山」とお寺のような山号が付いています。
重厚な拝殿
拝殿の額は「一峯神社」とあります。 拝殿の立体的な彫りの、挙鼻の龍、木鼻の狛犬、象。
文政3年(1820)生まれの狛犬。
当時としては珍しく石工さんに名字があります。阿は宝珠を、吽は角を付けています。
四角い小顔で、口が少し突き出てカッパのような口つきをし、ストレートの鬣は背中中を覆い、
胸板が厚く、お尻は小さく、直立の尻尾は後ろでスパッと切った感じです。
苔むしてはいますが、後足の瘤まで綺麗に残り、保存状態は良いようです。直に見てみたいですね〜。
(藤岡下町 石工・井口平右ヱ門 第(の略字)子 
柿沼文?造之  文政3年(1820)建立)
本殿 境内社
町指定史跡・一峯神社貝塚 末社と小御嶽大神碑

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