八幡神社

男鹿市船川港増川 (令和7年8月2日)

東経139度49分52.02秒、北緯39度52分01.51秒に鎮座。

この神社は、JR男鹿線・男鹿駅の南西2km程の辺り、増川の街外れに鎮座しております。

御祭神 誉田別命

由緒
阿部氏の祖といわれる若宮丸が鱒川にて死去、道路わきに埋葬するに交通人を止め、船を止めて困るので、高き処に移して、王統八幡宮とす。
安藤愛李が社殿を建立して当殿八幡宮とする。別伝に八幡宮トドウの宮は渡大塔の宮の略である。
鎌倉の執権、相模入道高時が大塔宮を害し、死体を空船の箱にのせて海に流したのが此処に着き、里人死体を埋めて塚を建てる。
のち大塔だと知って八幡を建てる。近世の別当は社家佐藤周防正である。内陣の宮殿(本殿)は県重文。円空作の仏像もある。また、扇形懸仏は享徳4年(1455年)のもので願主は平泰春、扇面は薬師如来。
秋田県神社庁公式サイト より。

本殿の解説はこちら。

参道入口

入口左右の狛犬。拡大写真はこちら。

(嘉永6年(1853)4月8日建立)

参道

参道途中の社務所等

拝殿

本殿覆屋


石碑