橋詰神社

清須市西枇杷島町橋詰57 (平成24年4月29日)

東経136度52分11.50秒、北緯35度11分25.56秒に鎮座。

この神社は、名鉄津島線・西枇杷島駅の南東300m程の辺り、庄内川北側すぐの土手下、道路から更に下った所に鎮座しております。庄内川が氾濫したら境内はプールのようになってしまうのではないか、と思われるような所です。

山車蔵(頼朝車)
頼朝車の製作は1820年とされる。当初は振陽車と言われ、その名残は現在でも宵祭りに振陽車と書かれた提灯が点される。1847年の修理に、からくり人形も新たに製作され、源頼朝にちなみ頼朝車と呼ばれるようになった。
静御前が鶴岡八幡宮の神前で、源頼朝を前にして愛する義経を偲んで舞い踊った古事を題材にしたからくりである。
この橋詰神社は1654年創建の神明社。のち牛頭天皇を合わせ祭り、天王社が主となった。1934年、県道建設で境内が半分削られた。
神社の西方にある問屋町は、江戸時代から二本三大市場「下小田井の市」(枇杷島市場)の中心地で繁栄を極めた。この富が五輌の山車を現在に残した。
美濃路まちづくり推進協議会

社頭

道路より一段低い境内

鳥居

拝殿

拝殿前の浪速狛犬。子狛が怖い。拡大写真はこちら。
(大正14年(1925)6月建立)

本殿


金刀比羅社・秋葉社

金刀比羅社 秋葉社

御神木